壊滅した陸前高田市街地

 

  東日本大震災

 

東日本大震災による企業災害、東電災害

 

東日本大震災は、最大級の大地震とそれによって引き起こされた大津波、さらにはその大地震と大津波によって引き起こされた複数の原子炉事故、さらには原発事故による地球的な規模の放射能汚染という多重多発の複合災害である。

東日本大震災は倭国日本政府と東京電力は、とりわけ地震、津波の劇甚地帯、東日本の太平洋沿岸、とりわけ福島県浜通りに原発を押し付けてきた責任は極めて大きい。東日本大震災の原発事故を「人災」「企業災害」などとあいまいに表現すべきではない。国策会社、東京電力株式会社による「東電災害」なのである。その災害の原因の主たるものは、一〇機にものぼる危険な原発を地震津波の多発地帯の福島の海岸線に集中したこと、大津波による被害の可能性を認識していたにもかかわらず、時間や費用がかかるという理由で有効な対策を採らなかったこと、全電源喪失という事態を想定した対策を何ら講じなかったこと、炉心損傷、水素爆発の危険に対して、有効な対応ができなかったこと、被害者の損害賠償請求に対して、極めて不誠実な態度をとっていることなど、数えればきりがないほどである。

 

大津波の危険性を無視し、対策をとらなかった東電幹部

 

西暦869年の貞観(じょうがん)津波のように、最大波高10メートル前後、内陸に3~4キロも浸水する大津波があったことが、国内外の研究者や研究機関から指摘されていたにもかかわらず、倭国政府(原子力安全・保安院など)と電力会社(東京電力など)は、これを無視して対策を怠った。

 すなわち、倭国政府も東京電力も大地震、大津波による大規模の被害、全電源の喪失、炉心の溶融、格納容器の損傷、大規模の水素爆発などはまったく考慮されていなかった。まさに「想定外」であったのだが、これで彼らの責任を免れることはできない。福島第1原発では三つの防波堤(全長合計約2.2キロ)が造られていたが、津波の想定は5.7メートルにすぎなかった。これでは今回の十メートル以上の大津波など防げるはずもなかった。

東京電力は、過去の地震・津波の想定を受けていた。2008年に有識者から最大で福島第1原発において15.7メートルという想定波高の数値を得ていた。当時の東電の幹部は「これに対応するには数百億円の費用と約4年かかる」という説明を受けたために、「示されているような津波は来ない。ただちに設計に反映させるレベルの話ではない」として、対応策をとらないことを決定した。

東日本大震災の原発事故を「企業災害」とあいまいに表現すべきではない。国策会社、東京電力株式会社による「東電災害」なのである。その災害の原因の主たるものは、多くの危険な原発を福島の海岸線に集中したこと、大津波による被害の可能性を認識していたにもかかわらず、時間や費用がかかるという理由で有効な対策をとらなかったこと、全電源喪失という事態を想定した対策を何ら講じなかったこと、炉心溶融、水素爆発の危険に対して、有効な対応をとらなかったことなど、数えればきりがないほどである。

 

東日本大震災による権力災害、歴史災害 

 

倭国日本政府、地方公共団体による「権力災害」という場合、大津波が来ても、それを想定して海岸線から離れて居住している場合、被害は少なくてすむ。中央、地方の権力が大津波の来るところに指定避難所を作り、住民を避難させた場合、大津波を防げない防波堤を造って安心させていた場合、大津波の高さを過小に評価して、そのような安直な情報を流していた場合、復興予算に復興とはまったく関係のない予算を紛れ込ませて、予算を分捕っていた各省とそれを見逃していた各党は、「権力災害」の当事者ということができる。この責任も重大である。

被災地への支援策は先細り、東電の賠償も遅れ、除染もほとんど進んでいない。事故を起こした原発の原子炉も圧力容器への冷却水の注入量が低下するなどのトラブルが起きており、依然として危険な状況が続いている。福島県内で、本格的に除染が行われ、仮置き場が確保されているのは、三市町村しかない。事故原発の隣接地域は、除染のメドも、仮置き場のメドも立っていない。いい加減な「除染」が横行している。

これまで逐次、東日本大震災の死者数が発表されてきた。発生から一年たった二〇一二年三月一〇日の数字では、死者が一万五八五四人、行方不明者が三一五五人とされている。これに大震災関連死約一五〇〇人を含めば、合計二万人を超えてしまう。避難者数はピーク時の二〇一一年三月一四日の四六万八六五三人から、二〇一二年一二月までに三二万一〇〇〇人にしか減っていない。

今後、原発事故の放射能による慢性的な被害、遺伝的な被害が顕在化してくるのは確実である。しかし、その広範囲にわたる、幾世代にもわたる被害が、原発事故によるものとする証明が難しくなっていく。被害の実態が隠ぺいされていく。

東日本大震災は、単なる「自然災害」でもなく、単なる「人災」でも、単なる「企業災害」でもない。「東日本大震災は自然災害であるが、人災の側面もある」というのは、事実に近いと思われているが、これも物事の本質をとらえていない。

 東日本大震災は、驚くべきことに、日之本のクニ、日之本のタミにとって、ゆかりの地域に集中的に打撃を与えた。日高見国・安倍王国・奥州平泉王国の中心地があった岩手県奥州市・平泉町・前沢町などには、放射能ホットスポット被害を与えた。大きな農民一揆のあった岩手県田野畑村・大槌町・宮古市などには、地震と津波被害を与えた。平将門の末裔たちが移住した福島県相馬市・南相馬市などには、地震、津波、放射能被害を与えた。秋田氏が入部して『日之本文書』の編纂のきっかけを造った福島県三春町には、地震、放射能被害を与えた。平将門が倭国に対して独立戦争を企図した坂東の関八州には、地震、津波、放射能被害、風評被害を与えた。それは大自然のあまりに苛烈な仕打ちに見えるかもしれない。

 

福島第一原発事故による地球汚染

 

「地震、津波は自然災害だが、原発事故は人災である」というのも、事実から掛け離れている。結論から述べておこう。「東日本大震災は自然災害であり、権力災害であり、東電災害であり、歴史災害であり、地球災害である」と。

東日本大震災における福島第一原発事故は、複数の原子炉で核燃料が溶融して原子炉が損傷、水素爆発で建屋が吹き飛ぶという極めて深刻な事故であった。福島第一原発事故は福島の、東北の、東日本の、日本列島の山野、田畑、森林、河川、湖沼、海洋、大気、地下、建造物、人間を汚染しただけではない。それによる放射性物質は、地球を丸ごと汚染したのである。

フランス政府の放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は、福島原発事故の場合、海洋に放出された放射性セシウム137は、約二・七京ベクレル(京は兆の一万倍)としており、東電が二〇一一年五月に発表した推計値の三〇倍に達している。チェルノブイリ事故の水系汚染とは比べものにならない高い数値である。このことを勘案すれば、福島原発の事故は、チェルノブイリ事故を上回る事故である可能性が強い。東日本大震災の場合、放射能による大気汚染は、チェルノブイリと同様、地球的規模に広がっている。海洋汚染は、さらに一層深刻である。

さらに、東日本大震災では、がれきによる海洋汚染も深刻である。大津波によって流された約五〇〇万トンのがれきが日本列島沿岸に沈み、そのうちの一五〇万トンが洋上を漂い、その一部は南北アメリカ大陸にも流れ着いている。

 

世界のメディアからの日之本のタミへの称賛

 

東日本大震災が起こった後、東日本、特に、東北の被災者、日之本のタミがとった共通の行動について、多くの海外のメディア、国家、国際団体、民間団体、民間人などから広く称賛の声があがり、支援の輪が驚くべき勢いで広がった。世界の主なメディアを網羅したと言ってもいいすぎではない。それは称賛や支援を受けたいがための作為ではなく、演じられたものではなかった。打ち合わせたものでもなかった。それは彼らのあるがままの、生来の自然の行動であることが、世界の人々に大きな感銘を与えたのであった。  

 まず、海外のメディアの報道からみていくことにする。まず、アメリカ誌「Time」の「震災後、いかにして日本は震災から回復するか」という記事。ハナ・ビーチ記者は、ほとんど正確に事実を記述している。

「大震災の惨禍が起きたあと、略奪もなければ、暴動もまったくなかった。凍りつくような天候のなかで、食料、水、燃料を望む人が長蛇の列をなしたが、もらえないこともあったという。それでも怒りは炎上しなかった。生活必需品を配給することにおいても、ほとんど不平は出なかった。みんなが平等に苦痛を共有しなければならないという前提に立っているからだ」

 「もっとも被害を受けた地域でも、悲しみの表現は抑制された。自然災害に対する号泣に慣れている外国人にとっては、押し殺した悲しみは不可解に違いない。日本では涙は流れるが、音はそれほど立たない」

 著者もこのような光景は、今般の大災害でも、たとえば釜石駅近くの「災害対策村」などで体験済みである。彼らは長い間、倭国の仕打ちによって、このような悲しみや苦しみに耐え抜いてきたのである。

 

 南三陸の町民を救った未希さんの「天使の声」を日之本のタミは忘れない

 

 宮城県南三陸町の遠藤未希さん。日之本のタミは、自らの命を引き換えに、多くの人々の命を救った彼女のことを忘れることはできない。同町に勤務していた未希さん。大地震が起きた後、庁舎2階の放送室で、町内全域に流れるマイクに向かって、極限状態にありながら、落ち着いた、分かりやすい、たんたんとした口調で、繰り返し繰り返し語りかけていた。彼女はいさぎよく、毅然として自己の運命を受け入れたのである。

 「10メートルの津波が予想されます。急いで高台に避難してください」

 「10メートルの津波が予想されます。急いで高台に避難してください」

 …………

 …………

多くの町民は、この声――人々は「天使の声」と呼んだ――を聞いて避難することができ助かった。最後まで自分の使命をはたした。

 

 「これまでトラブルは1件もない」―陸前高田サンビレッジでの住民自治

 

 2011年6月10日、岩手県陸前高田市の避難所サンビレッジ高田で被災者の声を聞くことができた。まさにそこでは海外のメディアが伝えることと同じことが行われていたのである。『日之本文書』に書かれているのと同じことが行なわれていたのである。その一人、長老格のNさんは曰く。

「最初の日は食べ物は何もなかった。2日目からお握り1個を分けて食べていた。カンパン3個だけの時もあった。断水が続いたが、被災者に水道屋さんがいて、山から水を引いて、お風呂にも入れるようになった。山から木を切って、薪(たきぎ)を集めて焚き火で暖を取った」

「ここには36世帯98人が生活している。女性たちが、支援の食糧で、いろいろなものを作ってくれる。これまでに食べたこともないような料理も食べられた」

「シャワーとお風呂があるが、男女がシャワーとお風呂を1日交替で入る。譲り合いの精神で、3ケ月たったが、これまでトラブルは1件もない」

 東北の被災者が示した行動こそ、クリルタイの見本であり、手本である。すでにそこに日之本のタミ、日之本のクニ、『日之本文書』の世界が存在しているのである。日之本のタミは、誰の命令も受けない。誰にも命令しない。自らの頭で考え、自らの体で行動する。

 

倭国政府の偽りの「事故収束宣言」と被災者への棄民政策

 

倭国政府は二〇一一年一二月、炉心溶融事故を起こした原発が「冷温停止状態」になり、事故は収束したと宣言したが、これもまた大いなる偽りの宣言であった。現在も一~三号の原子炉から最大一時間当たり一〇〇〇万ベクレルの放射性物質が放出されている。

圧力容器の温度を下げるため、冷却水の注入が続き、汚染水は貯まる一方である。現在、約二〇万トンも貯まっている。これらの汚染水の置場もなくなりつつある。原子炉や建屋内は高線量のため損傷状況も把握されていない。使用済み燃料の回収も終っていない。再臨界、すなわち事故を起こした原子炉が、再び暴れ出す危険性も残っている。廃炉へ向けた作業は、下請け作業員たちの過剰な被曝の犠牲によって行われている。これでどうして「事故収束」といえるのか。

放射性物質の除染過程に出る大量の汚染土が、土のうに入れられたまま、各地の仮置き場に大量に積まれたままになっており、「中間貯蔵施設」の建設のメドが立っていない。原発に近い市町村では、がれき処理もインフラ整備も進まず、除染計画さえ立てられておらず、帰還のメドさえ立っていないところも少なくない。

このような被災者の苦境をよそに、すべての府省で被災地の復興とまったく関係のない事業に、予算が二兆円以上も流用されていたことが判明したが、執行停止できたのがわずか一六八億円。一体、予算案を作るすべての中央官庁、財務省、それをチェックすべきすべての政党、国会議員は、何をしていたのだろうか。復興政策どころか、被災者への棄民政策が堂々とまかり通っている。

 

福島原発事故の世界の原子力業界への影響

 

福島第一原発事故の起きる前の二〇一一年一月一日には、全世界で四三六基の原発が稼働していた。ピーク時の二〇〇二年の四四四基から減少傾向にあった。建設中、計画中のものを含めれば、六〇二基であった。アメリカが一〇四基、フランスが五八基の稼働であった。第三位の倭国日本では五四基が稼働し、建設中と計画中を合わせれば六九基であった。

周知のように、原子力発電は自然エネルギーよりもコストが安いというのは、原発推進派のごまかしの宣伝にすぎない。原発は毎年四〇〇〇億円にものぼる研究開発費、立地対策などの国家予算がつぎこまれてきた。原発のコストのなかに核燃料サイクルにかかわる費用、放射性廃棄物の処理・処分、事故による賠償、除染、廃炉の膨大な費用が含まれていない「偽りの低コスト」である。「原発はクリーンエネルギー」「原発は脱CO₂エネルギー」というのも「偽りの宣伝」であることもいうまでもない。

福島原発事故でドイツ、スイス、イタリアが脱原発に動いたが、中国、インド、韓国などの新興国は、依然として原発建設を積極的に行なっている。また、中東やアジアでも原発の導入をあきらめていない。

欧州連合(EU)の欧州委員会は「一四ヵ国の原子炉の耐性評価(ストレステスト)を実施した結果、一四三基のうち稼働中の一三四基のすべての原発に安全上の欠陥が見つかった」と発表している。しかし、欧州委員会には閉鎖や停止を勧告する権限がないので、どの程度効果的な対策が採られるか、疑問とするところである。

東日本大震災によって、史上最大級の原発災害に見舞われたにもかかわらず、倭国日本政府の二〇一二年度の原子力関係予算は、三一三五億円に達し、大飯原発の再稼働を容認し、高速増殖炉「もんじゅ」、核燃料サイクル事業維持の方針、大間原発などの着工済みの原発の建設容認、原発輸出にむけて、カザフスタン、ヨルダン、韓国、ベトナムなどと原子力協力協定を締結している。これらの動きは原発推進派で固められた安倍自民党主導政権によって、さらに強められようとしている。活断層列島の倭国日本で、このような原発推進政策が認められる道理はない。

 

東日本大震災における自衛隊の派遣と早すぎる撤退 

 

自衛隊は東日本大震災発生直後から被災地に派遣され、その装備をフル回転させて、大車輪の活躍であった。被災者も彼等に対し、当初は祈るような気持ちで感謝の気持ちを表現していた。震災から五〇日経過した二〇一一年五月一日現在、自衛隊の震災派遣部隊は一〇万六〇〇〇人を超えていた。陸上自衛隊は七万人、航空機七五機、海上自衛隊一万四二〇〇人、艦艇五三隻、航空機二〇〇機、航空自衛隊二万一六〇〇人、航空機二二〇機、さらに原子力派遣部隊四五〇人となっていた。東日本大震災で自衛隊は人命救助、遺体収容、遺体搬送、物資運搬、瓦礫撤去、緊急患者輸送、給水支援、給食支援、燃料支援、入浴支援、衛星支援などを行い、大きな成果を挙げることができた。  

しかし、自衛隊は、五月中旬あたりから被災地から徐々に撤収しはじめていたのである。まだ、行方不明者の捜索も、がれきの撤去も終わっていない。福島の原発激甚被災地では、不明者の捜索も、がれきの撤去も、放射性物質の除染もはじまっていない。それなのになぜ撤退なのか、と思った人は私だけではなかったはずである。

倭国日本は、東日本大震災の被災地から自衛隊をすぐに撤収し、がれきの撤去を大幅に遅らせ、法制度の整備を遅らせ、災害関係予算を十分に拠出せず、他の使途に流用し、いい加減な除染が横行し、いまだに放射線量の高い地域に帰還させて、被災者を見殺しにしようとしている。

そこでわれわれは提案する。防衛関係法令を大改正して、自衛隊員と復興に役立つ装備の四分の一を復興省に配分し、同省に元自衛隊員による災害復興隊を創設する。日本国の防衛予算の四分の一を削減し、それを東日本などの災害復興予算に上乗せする。このような流れは「大災害時代」に突入した日本と世界が採るべき当然のことである。

 

自衛隊の人員、予算、装備を新設の災害復興隊へ 

 

たしかに、自衛隊法第三条にあるように、自衛隊の主たる任務は「防衛」にあり、必要に応じ「公共の秩序に当たる」と規定されている。だが、同法の第八十三条には「災害派遣」「地震防災派遣」「原子力災害派遣」について、「地震災害警戒本部長や原子力災害本部長から要請があれば、部隊等を支援のために派遣することができる」とされている。自衛隊員は、東日本大震災において、ボランティアで仕事以外のことをしていたのではない。当然の「任務」を果たしていたにすぎないのである。

だとすれば、自衛隊の撤収開始は、あまりに早すぎた。数万人規模で、五年、十年と被災地の復旧、復興にあたるべきであった。それによっても二〇万人の部隊は健在であり、「防衛」の任務に支障が出るとは思えない。

東日本大震災があり、豪雨、竜巻、台風など、日本列島にさまざまな災害が立て続けに起こり、さらには東日本大震災の被害をはるかに上回る首都圏直下型地震、東海・東南海・南海三連動地震の危険性がひっ迫している昨今、新たに数万人規模の災害復興隊を創設することを提案する。  もちろん現行の法制度や財政状況では不可能である。

だとすれば、自衛隊法などを大幅に改正して、自衛隊の一部を専従的、専門的に災害復興にあたる数万人規模の部隊に転換し、予算も装備も施設も、その任務に振り分けるべきである。

現在、被災地では、がれき処理や災害復旧事業は予算が確保されてはいるが、技術者不足、労働力不足、資材不足に陥っている。ここに自衛隊を改編し、復興庁傘下に置いた災害復興隊を投入すべきなのである。

 

原発、核燃料サイクルは即時全面禁止へ 

 

関西電力や政府や原発推進派などは、大飯原発が稼働しなければ、計画停電や全面停電もありうるなどと恫喝し続けてきた。しかし、たとえば大阪府市統合本部エネルギー戦略会議の主張のように、二〇一二年の夏は猛暑であったにもかかわらず、電力需要は大飯原発を除いても、供給量を大きく下回った。橋下徹大阪市長のいう限定的再稼働がなくても、電気は足りていたのである。

だとすれば、即時、原発全面凍結は可能なのである。再稼働された原発、稼働停止中の原発、建設中、計画中を含め、全ての原発を即時全面禁止する。核燃料サイクルの全面停止、高速増殖炉「もんじゅ」、大間MOX燃料原発、六ヶ所MOX燃料工場、ウラン濃縮工場、核燃料再処理工場の稼働を停止する。MOXを利用するプルサーマル計画を中止する。使用済み核燃料は当面、原発敷地内にドライキャスクに乾式暫定保管をし、放射性廃棄物も当面原発敷地内保管とする。最終処分地と廃炉については、原発開発に責任のある倭国政府と電力会社が責任を持って措置するべきである。そのための予算支出は認められる。

福島の原発事故は、世界の原子力業界に大きな衝撃を与えた。倭国日本では定期点検のためにどんどん停止していき、再稼働できずに、二〇一二年五月には原発ゼロになった。大飯原発の再稼働が強行されたが、現在でも二基が稼働しているのみである。それでも電力は足りている。

ドイツでは、一七基が稼働し、二二・六%の電力を賄っていたメルケル政権が、素早く二〇二二年までに原発を全廃する方針を決定、廃止までの時期も決定した。そして、現在、一六・五%を占めている風力や太陽などの自然エネルギーを二〇二〇年までに三五%まで拡大するとした。中継ぎに石炭火力、液化天然ガスの割合を高めている。たしかに現状では自然エネルギーのコストは高く、電気代も一時的に高騰しているが、それによって節電、省エネが進むのである。

スイスもイタリアもベルギーも台湾もインドネシアもベネズエラなども、脱原発の方向へ舵を切っている。

原子力は自然破壊エネルギーの最悪のもので、全ての原子力の利用は未来永劫にわたって禁止する。放射線治療もラジオアイソトープの医薬品などへの利用も有害無益である。原子力関係予算のなかで原発推進予算を全面廃止し、それを原発事故で苦しむ福島県の復興に回す。原子力関係予算の残余は原子力施設の解体、廃炉、使用済み核燃料の処理、処分、放射性廃棄物の処理、処分、原発事故による放射性物質の除染に振り向ける。

原子力発電に極端に偏った電源開発促進勘定の予算のうち、原子力関係は廃炉費用、除染費用、放射性廃棄物費用など原発事故対応、原発廃止対応費用に限り、原子力発電推進のための予算はすべて凍結し、被災地の復興に回す。

原子力損害賠償支援勘定は、真に被災者のために役立っているか、東電救済のために偏っていないかを厳しくチェックする。この勘定の中で、削減されつつある被災者支援のための予算を増額する。

各省にまたがる原子力関係予算を事故対応以外、原発廃止対応以外の原子力推進予算、たとえば文科省のもんじゅ関係予算、高速増殖炉サイクル研究開発費などは廃止し、被災地復興のための予算に回す。それらの担当部署も廃止する。

 

 東日本大震災と地球クリルタイ共同社会

 

 東日本大震災は、地上に現存するすべての価値観、制度の変革をせまっている。それなくして人類は、地球は立ち行かなくなっている。そしてその変革の鍵は、どこにあるのだろうか。この世で最も疎まれ、卑しめられ、軽んぜられた『日之本文書』の中にあることをやがて人々は理解するだろう。何たる大逆説であろうか。そして「万人平等」「万類共栄」「万教共生」を説く『日之本文書』をバネとして、「地球クリルタイ共同社会」はやがて地上に出現するであろう。

 チェルノブイリ事故は、ソ連崩壊、ロシア復活の引き金になったが、東日本大震災は、倭国崩壊、日之本のクニ復活の引き金となるのであろう。『日之本文書』が度重なる偽書宣言、死刑判決、死刑執行宣言からよみがえったように、日之本のタミは大地震地獄、大津波地獄、放射能地獄からよみがえるのである。